| 9世紀 |
ノルウェー、フランス、スペインが捕鯨開始 |
| 12世紀 |
日本で手銛による捕鯨が始まる |
| 1606 |
太地で「鯨組」による組織的な捕鯨が始まる |
| 1612 |
千葉県でツチ鯨の手銛漁が始まる |
| 1675 |
太地で網取り式捕鯨が始まり、それにより捕鯨が急速に普及する |
| 1712 |
米国でマッコウ鯨漁(アメリカ式捕鯨)が開幕 |
| 1838 |
鮎川で組織的な網取り式捕鯨が始まる |
| 1864 |
ノルウェーで近代捕鯨が発展 |
| 1868 |
ノルウェーで捕鯨砲が完成、ノルウェー式捕鯨の開幕 |
| 1879 |
出漁中の遭難で太地の捕鯨者111名が死亡。「大背美流れ」と呼ばれるこの事故をきっかけに太地の鯨組は衰退する |
| 1899 |
日本がノルウェー式捕鯨を開始 |
| 1903 |
世界最初の鯨工船(オランダ)がスピッツペルゲン海域に出漁 |
| 1904 |
ノルウェーが南ジョージア島に捕鯨基地を設営、南氷洋捕鯨の開幕 |
| 1905 |
南氷洋に最初の鯨工船が出漁 |
| 1906 |
鮎川に近代的な捕鯨基地が完成し、日本の近代捕鯨が開幕 |
| 1925 |
スリップウェーを設けた母船が初めて出漁 |
| 1931 |
第一回国際捕鯨協定締結 |
| 1932 |
クロー(尾羽はさみ)が登場 |
| 1934 |
日本が南氷洋での母船式捕鯨に参入 |
| 1940 |
アメリカが捕鯨中止 |
| 1941 |
日本は大戦の勃発と同時に母船式捕鯨を中断 |
| 1946 |
国際捕鯨取締条約締結
日本が南氷洋捕鯨を再開 |
| 1948 |
国際捕鯨委員会(IWC)設立 |
| 1949 |
第一回国際捕鯨委員会の開催 |
| 1951 |
日本がIWCに加盟 |
| 1959 |
オリンピック方式の廃止、自主宣言出漁開始 |
| 1962 |
国別割当制の実施 |
| 1963 |
南氷洋ザトウ鯨の捕獲禁止
イギリスが捕鯨中止 |
| 1964 |
南氷洋シロナガス鯨の捕獲禁止 |
| 1972 |
国連人間環境会議で「商業捕鯨10年間モラトリアム勧告案」が採択される
シロナガス換算(BWU)方式の廃止、鯨種別捕獲頭数枠の設定
ノルウェーが南氷洋捕鯨から撤退
日本がミンク捕鯨を開始 |
| 1975 |
新管理方式(NMP)の採用 |
| 1976 |
南氷洋ナガス鯨の捕獲禁止 |
| 1978 |
南氷洋イワシ鯨の捕獲禁止 |
| 1979 |
IWC会議でインド洋鯨サンクチュアリーが採択される(附表) |
| 1982 |
IWC会議で商業捕鯨モラトリアムが採択される(附表) |
| 1985 |
日本は商業捕鯨モラトリアムへの異議申立てを撤回 |
| 1987 |
日本は南氷洋での商業捕鯨を中止し、調査捕鯨(JARPA)を開始 |
| 1988 |
日本はミンク鯨とマッコウ鯨の沿岸捕鯨を中止 |
| 1990 |
IWCが南氷洋のミンク鯨資源量を76万頭と評価 |
| 1992 |
アイスランドがIWCを脱退、北大西洋海産哺乳動物委員会(NAMMCO)設立
IWCで改訂管理方式(RMP)が完成 |
| 1993 |
ノルウェーが商業捕鯨を再開 |
| 1994 |
IWC会議で南大洋鯨サンクチュアリーが採択される(附表)
日本が北西太平洋でミンク鯨の調査捕鯨(JARPN)を開始 |
| 2000 |
日本がニタリ鯨とマッコウ鯨を追加して第2期北西太平洋鯨類捕獲調査(JARPNII)を開始 |
| 2002 |
第54回IWC会議が山口県下関市で開催される 日本がイワシ鯨を追加して第2期北西太平洋鯨類捕獲調査・本格調査を開始 |
| 2003 |
第55回IWC会議(ベルリン)において反捕鯨国提案の「保存委員会」設立決議 |
| 2005 |
日本がクロミンククジラとナガスクジラを捕獲対象に第二期南極海鯨類捕獲調査(JARPAII)を開始 |
| 2006 |
第58回IWC会議においてモラトリアム不要の見解と共にIWCの正常化を求める「セント・キッツ宣言」が採択される アイスランドが商業捕鯨を再開 |
| 2007 |
東京でIWC正常化会合を開催 |